こちらのレビューは、一部ネタバレを含む可能性がございます。ご注意のうえ閲覧ください。
2025.03.041枚の絵画に描かれた、恐怖を暴く
良いと感じた点・楽しめた点
悪いと感じた点・疑問に感じたことなど
総評・全体的な感想
今回紹介する本は、中野京子さんの「怖い絵」です。「怖い絵」はシリーズ化されて、どんどん続編が発行されていますが、今回は1番最初の「怖い絵」を紹介します。「怖い絵」は16世紀から20世紀にかけて描かれた、西洋絵画にひそむ恐怖を解説した本です。
ドガ、ムンク、ボッティチェリ、ゴヤ、などの有名画家の作品もありますが、表紙に使われたラ・トゥールの絵画「いかさま師」に描かれた、女いかさま師のギラついた目つきに、集約されるように、1枚の絵の中に人間の心の闇や社会の闇を見透かす。いわば人怖い系の絵画評の本なのです。
前回「ベルサイユのばら」のレビューを書いたのですが、その流れで「怖い絵」の中から、ダヴィットの『マリーアントワネットの最後の肖像画』を、取りあげたいと思います。宮廷画家たちは、華やかに着飾ったマリーアントワネットの肖像画を描きましたが、ダヴィットが描いたマリーアントワネットの肖像画(スケッチ)は、死刑が確定して刑場へ連行される、マリーアントワネットの最後の姿です。
「ベルサイユのばら」第5巻にも、刑場に向かうマリーアントワネットの、最後の姿が描かれていますが、(ギロチンの刃が滑るため)長い髪をバッサリ切られ、後ろ手を縄で縛られ、荷馬車(じつは動物死体運送用の荷馬車)に乗せられて、連行されるマリーアントワネットの最後は、史実を忠実に再現して描かれています。けれどベルばらのマリーアントワネットは、池田理代子さんによって美化されて、ショートカットの女性のように描かれていますが、実際は処刑人サンソンから切られて、乱雑なボサボサの蟹型にされています。
ダヴィットが描いた、実際のマリーアントワネットは、なんの飾りもないシンプルな服を着せられ、乱雑に切られたボサボサの髪に、粗末な帽子を乗せられています。マリーアントワネットは38歳で処刑されたのですが、もう若くない証拠を突きつけるかのように、首には縦筋、への字に結んだ口元は歪み、有名な「ハプスブルグの受け口」のため、下唇は分厚く突き出て、しかも唇の端は頬のたるみで下がり、底意地悪そうな印象を受ける。鉤鼻(かぎばな)気味なのと、かたく目を閉じているのも、マイナスポイントになっています。
もともとマリーアントワネットの顔は、美女というより平凡な顔立ちだったそうです。しかし細身の体型と色白肌のおかげで、なにを着てもよく似合い、自分を引き立てる衣装や宝石を選ぶセンスに優れていたこと、立ち振る舞いの高貴な優雅さ、なによりもフランス王妃というトップの地位によって、美の時代のロココの薔薇(リーダー)と、褒めたたえられていたのです。ところが王妃の身分を失い、飾り立てるものも失ったマリーアントワネットは、誰の目にも美しくなく、民衆の憎悪に対して、軽蔑と頑なな顔つきで応じる姿は、さらに美しくなく見えたでしょう。この現実を遮断するかのように、マリーアントワネットは目を耳を心を閉ざし、全身に見えないバリアーをめぐらせている。けれどマリーアントワネットの毅然(きぜん)とした態度は、死に際も見事だっただろうと想像できます。
荷馬車に揺れに対抗するためか、脚をやや開き気味にしているけれど、まるで玉座にあるかのように、ピンと背を伸ばし頭をあげている。子供の頃から王権神授説を教えられ、高貴なる「青い血」を誇り、下々の者の前で長時間同じ姿勢を保つ、訓練を受けた「選ばれし者」たる矜持(きょうじ)を感じるような姿勢です。
宮廷画家がこっそりと隠した、マリーアントワネットの顔の欠点を、マリーアントワネットに悪意を持つダヴィットは、欠点を隠すどころか誇張して、美化ならぬ醜化させて描いている。このダヴィットという人物は、当時画家として有名だったのにも関わらず、後年もっとも卑怯な人物と非難されています。ダヴィットは、権力におもねる永遠の変節漢(へんせつかん)の典型で、成功者にはすり寄り、敗北者には情け容赦なく、勝者の戴冠式(たいかんしき)と敗者の断頭台行きを描く、のだそうです。
けれどダヴィットが、悪意でマリーアントワネットの肖像画を描いても、仕上がりは外見こそ醜く老いているものの、何ものにも屈しない心を持つ大した女性を、描いた絵になってしまったのです。
ナポレオンが失脚して、ダヴィットも命からがら国を捨て亡命した時、この元王妃の肖像画を思い出したのだろうか?悪意を持って描いた絵なのに、王族と呼ぶにふさわしい女性を描いてしまったことに、内心うろたえたのだろうか?相手を傷つけようとしたのに、自分の悪意ばかりが、クローズアップされたことに驚いただろうか?と、中野京子さんは文章を、締めくくりました。
この「怖い絵」には、アルテミジア・ジェンティレスキの『ホロフェルネスの首を斬るユーディト』や、ゴヤの『我が子を喰らうサトゥルヌス』や、ジェリコーの『メデュース号の筏(いかだ)』のように、見ただけですぐ怖い!とわかる絵や、ブリューゲルの『絞首台の上のかささぎ』や、ホルバインの『ヘンリー八世像』のように、中野京子さんの解説なしでは、どこが怖いのか?よくわからない絵もあります。いろんな意味で怖い絵が出てくる本なので、とにかく読んでみてください。