こちらのレビューは、一部ネタバレを含む可能性がございます。ご注意のうえ閲覧ください。
2023.06.06謎だらけの不条理と破綻する真実。最初はミステリ、最後はラブストーリー。
良いと感じた点・楽しめた点
例えば意味不明が褒め言葉になる。そんな稀有な作品を生み出すのがデヴィッド・リンチという映画監督が背負った使命です。
数々の不可解な現象が起きますが誰も説明しない。後半の劇的な反転は映画史上稀に見るものだと思いますがまずは序盤の大きな特徴から迫っていくことにしましょう。
記憶喪失の女性と共にその失われた過去を暴いていく。プロットの核となるテーマはかなり普遍的です。記憶喪失にすると世界の説明をするのが楽というメリットがあります。その人に説明するのが直接視聴者への説明に繋がるのが大きな理由です。しかし現実世界を扱っているためその役割はあまりメインにはなりません。どちらかというとその過去とはどんなものかという謎としての意義が大きい気がします。
この謎のおかげでデヴィッド・リンチ作品にしては作品の輪郭が掴みやすい。殺人事件を扱ったツインピークスのように導入部分は優しく万人に開かれています。
しかしこのテーマは徐々に崩壊していく。具体的に何が起こっているのかが分かりにくく抽象的で無機質なトーンが映画の大半を支配するからです。
通常のミステリ映画ならば何度も伏線を確認し、説明するのが基本です。そうでなければカタルシスが得られないから。
しかしマルホランド・ドライブには解決がありません。探偵役がいないからというのも大きいと思います。何故なら捜査していたはずの本人たちが実はその抽象的な世界の側にいたことが明らかになるからです。
世界は良く分からないことばかりです。そちら側にいるということは全てが解っているはずで同時に私たち(視聴者)とは異質なものに変化する。これを神と呼ぶこともできるはず。
ある意味では誰が神でありこの世界を形作っていたのかという問題がリンチによって引き出される。これは誰もが一度は考えたことがあるはずです。
認識が世界を作っているのであれば、世界に対して私が神であるはずですが多分それは間違いでしょう。神というのはいるのかいないのか、はっきりとしていませんがフィクションには明確に存在しています。
それが誰であるかは作者が決めることですがマルホランド・ドライブでは前半と後半でその人物が変わってしまう。というよりも視聴者が思っていたものはただの幻覚だったのだと指摘するのです。
自分の意識すら信頼できない曖昧な世界。そこが現実だと疑うことなく見えていた世界は実は作り物に過ぎない。現実だと信じられる根拠はどこにもない。そもそも現実とは何なのか。白昼夢という言葉がありますがそれは現実に肉薄するという意味において恐るべきリアリティを持っている。VRはどうでしょうか。マトリックスのようにデータの中で暮らしているのでは?そうした自分が創り出した世界の側に立つと違和感が消滅してしまう。何の疑問も持つことなくただあるがままを受け入れる。
世界が矛盾していても自分が創り出したものはそれなりの理論によって納得してしまうのです。本物らしく見える不確かな論理によって自分が納得するかどうかなのですから証拠はいらない。ひたすら心地いいものを見せてくれる。それが破裂したとき、現実に戻ったときの衝撃は大きいでしょう。
同時に世界は誰が作っているのか疑問に感じる。そしてこれは自分のリアルではないと思ってしまう。だから誰もが何かを創り出そうとするのかもしれない。創作行為とはそういった欲望から生まれているのではないか。
その現実的な問題を裏テーマにしているからこそどんなサスペンスやミステリよりも心に響く。ある意味では難解な哲学的テーマですが、ここまで自然に映画にされると脱帽するしかありません。映画は偽物を本物らしく見せるものですが非現実的な物語を描く事にも実は向いているのではないかという気もします。世界的にメジャーになったヒーロー映画がその一例でしょう。つまり現実感を皆無にすることで現実を描きながらまるで異世界を探検するような気分になるのです。
これは夢を見るのと同じで(それはこの物語でも伏線として機能します)自分の欲望に忠実だからではないでしょうか。叶わないことを叶えるのもエンタメの一つの在り方だからです。
こんな映画を撮ることが許され、評価されるのは世界広しといえどリンチだけでしょう。欲望に忠実でありながらどこか冷たい現実も映りこむ。それは本格ミステリというジャンルが持つある可能性と繋がって 。嘘だらけの真実を見せられて現実が虚構であることに気が付いたとき、この物語の捉え方は一変する。
全部偽物なのかもしれない。この現実感さえ嘘みたい。真実とは世界を作るものではないという主張が上手く溶け合うことで見たこともない景色が出現する。どんなミステリよりもずっと深く。
悪いと感じた点・疑問に感じたことなど
謎だらけで神秘的ですが、誰が何のために行動しているのかも今一つ伝わってこない。
伏線を平気で捨ててしまう。
明快なラストとはほど遠い。
百合だと思っていたら裏切られる。
途中にグロテスクなシーンがある。
記憶喪失というこの作品を牽引する謎が最後の方には関係なくなる(というか主人公が変わる)。
不条理ミステリとでもいうべき独自の世界が展開されその難解さには並ぶものがないほどです。ですが説明しないことが悪いわけではなくそこにはデヴィッドリンチが紡ぎ続けるホラー的な世界観を持ったポストモダンと言える未知の衝撃が待っています。
これが作家性という言葉で許されるのですからすごいですよね。アメリカは広いなというか世界は広いな。日本だけで考えると見誤ってしまうこともあるのでしょうね。
総評・全体的な感想
デヴィッド・リンチ監督は処女作からしてイレイザーヘッドという難解極まりない、悪く言えば意味不明なものを撮っています。
そこから脈々と受け継がれ作家性を変えることなく現在まで映画(やドラマ)を撮り続けているのはすごいことです。理解者がいることもすごい。
カルト作と言われることが多いですが実は意外とたくさんの人に刺さるのではないかという気もします。その中でもマルホランド・ドライブは一番目か二番目に見やすいと思います。
衝撃的な映像表現が取り上げられることが多いですがシナリオ自体も神秘性を構築しています。分からないということがこれほど極上のものになるとはだれが予想できたでしょうか。しかし案外分からない方が魅力的なことはたくさんあるのです。知的好奇心が刺激されて自分で暴いてみたくなる。そういう意味では普遍的なミステリの要素を持っているとも言えます。
ツインピークスは半分くらいしか関わっていないので、本物のリンチ作品がどんな雰囲気か見てみたいという人におススメです。言葉では伝わらない衝撃がそこにはあるはず。
そもそも意味不明と面白いは別の感情なので分かりやすくて微妙とか、意味不明で面白いも成立するのです。
そんな二つの感情をめまいを起こしそうなシナリオ展開で感じていただけると嬉しいです。